
J.F.ケネディ暗殺の実行犯を名乗る男が現れました。この男の独占インタビューが日本の某テレビ局で世界で始めて放映されました。この番組の内容に入る前にまず、基本的な情報を整理してみましょう。ケネディ大統領暗殺事件は、第35代
アメリカ大統領ジョン・F・ケネディが1963年11月22日(金曜日)現地時間12:30にテキサス州ダラスで暗殺された事件です。
ケネディは、ディーレイ・プラザで
自動車パレードを行っていたときに複数の銃弾を受け致命傷を負いました。ディーレイ・プラザでの暗殺現場はサイレントの8mm
フィルムに26.6秒間記録されていました。後にザプルーダー・フィルムとして知られることになったこのフィルムは、アマチュアカメラマンのエイブラハム・ザプルーダーによって撮影されました。ザプルーダー・フィルムはビデオ化された
映画『JFK』(オリバー・
ストーン監督)などで容易に見ることができます。大統領の頭部は致命的と見られる射撃によってひどく破壊され、「後方に」動いていることから、その致命的な射撃は「前方から」行われたとみられるわけです。
このフィルムは一度FBIに没収され、返却された時には「後方へ」のけぞった映像の部分のコマが入れ替えられ、前方へ倒れたように見えるよう手が入れられていました。後にFBIはフィルムを改変したことを認めました。また、車が看板へ差し掛かる部分の6コマを抜き取りました。この事実からJFK暗殺にFBIが一枚噛んでいた。もっと正確にいえば、JFK暗殺の首謀者はFBIを動かせる権力の持ち主であるということです。
暗殺事件の最初の公式調査委員会は、事件の一週間後1963年11月29日にリンドン・B・ジョンソン大統領によって招集されました。その委員会は、最高裁長官アール・ウォーレンによって率いられ、ウォーレン委員会の名称で知られるようになりました。10か月の調査後、1964年9月末にウォーレン委員会報告書が公表されました。委員会はリー・ハーヴェイ・オズワルドの単独犯行と結論付け、いかなる個人、団体、国家の共謀を示す証拠は発見できなかったとしました。彼らの主張は以下の通りです。
●一発は車列から外れたと考えられる。(三発の内の何射目かは特定できない。)
●ケネディ大統領の上背部に命中した弾丸は、首の正面近くに貫通し、コナリー知事を負傷させたと思われる。
●最後の弾丸は大統領の頭部に命中し致命傷となった。
彼らの主張が正しいとするとケネディ大統領の上背部に命中し、コナリー知事を負傷させた弾丸は軌道は図のようにきわめて不自然になります。

図の様に4発の銃弾が撃たれたと考える方が自然なのではないでしょうか。

なお、その後オズワルドがダラス警察署内で殺害されるという異常な事態が起きています。通常警察署内に武器は持ち込めないにも関わらずです。 そして証拠物件の公開が政府によって2039年まで不自然にも制限されています。
また事件当日、急に車の進行コースが変更されました。慣例からすれば歴代大統領は直線コースをパレードしていたのですが、ケネディーはわざわざ車の速度を落とさなければならないかのように迂回ルートを走らされたのです。このときのダラス市長は失脚したCIA長官の兄弟でした。JFK暗殺の首謀者はCIAを動かせる権力の持ち主であるということです。
このような状況の中でJ.F.ケネディ暗殺の実行犯を名乗る男が現れました。男の名はジェイムズ・E・ファイルズ(James E. Files)本名ジェームズ・サットン (James Sutton)。シカゴ
ステイトビル刑務所の服役囚であり、警官殺しの罪で懲役50年。
彼の主張したことを分析を交えながら引用したいと思います。まず、結論から言えばジェイムズ・E・ファイルズはJ.F.K暗殺の実行犯ではないと考えます。確かに彼の主張は様々な証拠と整合性があります。ありすぎるのです。ひとつづつ見ていきましょう。
ファイルズは暗殺実行前5日間、オズワルドと場所の下見をしたといっています。その際彼は自分の銃の試し撃ちをし、その時の薬莢をオズワルドが拾った。だからオズワルトの顔やうでからは硝煙反応はでずに手のひらからだけ出たのだといっています。まず、証拠隠滅のために気を使っていたのかもしれませんが、常日頃銃を使い慣れている人間が薬莢を誰が処理したなんて細かいことまで覚えているでしょうか?かすかに疑問がよぎります。そして彼の言葉から明らかなようにファイルズ゙はオズワルドがどんな取調べを受け、どんな結果がでたのか知っていたわけです。その検査結果のつじつまを合わせるための作り話に思えるのは私だけでしょうか?
インタビューの中のファイルズの別の言葉を引用しましょう。「今まで、話をしなかったのはあの事件に関心がなかったし不満もなかった。あれは単なる仕事のひとつにすぎなかった。」関心も不満もなく、ただの仕事の一つと割り切っていたはずなのに、なぜオズワルドの取調べ結果を知っているのでしょう。私が見るにこのファイルズというのは非常に頭脳明晰な人物です。けしてマフィアのチンピラあがりなどではあるとは考えられません。彼が実行犯ならば、その後の動向を冷静に観察し、分析したことでしょう。ここに大きな矛盾を感じます。
他にファイルズは自分をJFK暗殺計画にさそったのはチャールズ・ニコレッティ(
Charles Nicoletti)であり、共犯はジョニー ロゼリ(John Roselli)だったと述べています。これも出来すぎた話です。チャールズ・ニコレッティはシカゴマフィアの代表的存在であり、トニー・アカルド(Tony Accardo),サム ジアンカナ(Sam Giancana)のもとで暗殺者として働いていました。CIAが彼に
キューバのカストロ大統領暗殺を依頼しました。CIAはケネディ政権下のCIA長官だったアレン・ドゥレス氏がカストロ大統領暗殺計画を個人的に承認した事実を書きとめたメモがあったことを認めました。アイダホ州民主党フランク・チャーチ上院議員をリーダーとする上院議員内CIA権力乱用問題調査特別委員会は最終報告を提出しました。この中でCIA長官がカストロ暗殺を承認したメモが公開されたのでした。
暗殺計画はアイゼンハワー政権の最後の1ヶ月から始まり当時のCIA長官リチャード・ビッセル氏が手がけました。ビッセル氏とFBI元職員でCIAの諜報員として働いていたロバート・マヘウ氏との間で計画が練られました。1960年9月、マヘウ氏はニューヨークでマフィア上層幹部のジョニー・ロゼリ氏と会合。マヘウ氏はロゼリ氏に持ち掛けました。
「私は国際的に大手の事業を手がけている会社を代表してコンサルタントをしているんだが、皆口々にキューバで大損害を被ったとこぼしている。
カストロを「消す」為なら150万ドル払ってもいいそうなんだが。」
ロゼリ氏自身はこの件に関わりたくなかったのでシカゴのマフィア、サム・ジャンカナ氏とキューバ系マフィア、サントス・トラフィカント氏を紹介。この二人ともFBIの指名手配人物でした。CIAは暗殺計画があったことを認めていますが、政府は否定に必死のようです。
ファイルズはCIAがカストロ暗殺を依頼したチャールズ・ニコレッティジとョニー・ロゼリがJFK暗殺の共犯だと主張している訳です。話ができすぎです。これではJFK暗殺の背後にはCIAがいるんだと間接的に言っているようなものです。CIAの立場から考えてみましょう。もし暗殺を依頼するならすでにカストロ暗殺を持ちかけた人間に持ちかけるでしょうか?私ならそんなヘマはしません。自分につながる線を全て消し去るのが暗殺の鉄則でしょう。
さらに、あやしいことにチャールズ・ニコレッティジとョニー・ロゼリはすでに死亡しており、裏のとりようがありません。死人にくちなしです。
さらに怪しい点を挙げてみましょう。彼を見出し、独占インタビューしたのはジム・マーズといい、 映画JFKの原作本クロスファイアーを書いた人物として知られます。私はこの映画JFK自体が真犯人の計画の一部だと考えています。映画JFKの中で主人公はJFKを殺害したのがオズワルドではない証拠を次々と挙げていきます。言わばジム・マーズはJFK暗殺をもっとも公正な目で見つめる人間の代表のような人物です。彼のもとにある時薬莢が届けられます。その薬莢には噛んだ後があり、ジム・マーズが狙撃場所だとにらんでいたグラシノールの丘で発見されたというのです。後にジム・マーズがファイルズのインタビューをした時、
ファイルズは自分は火薬の味が好きで撃った後の
薬莢をかじる癖があった。JFK暗殺の当日もグラシノールの丘にかじった薬莢をおいてきたというのです。おかしくないでしょうか。これほどまでに入念に計画をたててきた人間がわざわざ証拠を残すようなまねをするでしょうか。しかもおかしいのはJFK暗殺は1963年、薬莢が見つかったのは1988年です。徹底した調査が行われたにもかかわらず、ファイルズが塀の上においてきた薬莢が25年後に見つかったのです。おかしくありませんか。
考えてみればアメリカ公文書図書館に保管されているJFK暗殺に関する機密文書が公開されるのは2039年。 31年後。ファイルズはその時には死んでいるでしょう。都合よく間引き、
改ざんされた証拠がでてきて、その証拠はファイルズの証言を裏ずけるものになるでしょう。実行犯はファイルズということになり真相は闇の中ということになります。
この計画を実行するには莫大な時間と金がかかったことでしょう。最後にファイルズの証言で気になるものをとりあげます。ファイルズの証言にようと使った銃はレミントン・ファイヤーボール初期型モデル。護衛の
バイクの無線録音装置に録音されていた音を日本音響研究所で分析した所。4発の射撃音の最後の音はまさにレミントン・ファイヤーボールだったのだ。これはこの陰謀の中枢にいる人物しか知りえぬ情報。私はファイルズを操っている人物がいると思います。
映画JFKの原作本を書いたジム・マーズがファイルズをインタビューしたのは1回だけ、これ以降はインタビューはできないという。おそらくこのインタビューに備えてファイルズは作り上げられた人間。ファイルズは自分がJFK暗殺実行犯になってでも、メリットがある重大な取引を持ちかけられたのだろう。さらにいうならばファイルズは極めて知性が高く現実的な人物。こういう人間は催眠にはかかりにくいものだが、心に幼少期などの大きなトラウマなどがあるとそのトラウマが鍵になって突然被催眠性が高くなり、記憶のすり替えなどがおこる場合がある。実はここに諸悪の一つの鍵がある。話がずれるのでこの話はまた別の機会にしよう。ファイルズはもしかすると自分が本当にJFK暗殺実行犯だと信じ込んでいる可能性がある。